2014年06月21日

第二日新丸 

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おやじメモ

 第二日新丸の頃 ドイツ産 応援時 神戸港

 このメンバー捕鯨の工場 機械マン 指折りの技術者である。この人達が居ればどんな船でもしゃきっとなる。
 (私もいるはずだが)




 ど真ん中がおやじだと思われます。
 第二日新丸はもちろん二代目第二日新丸の事でしょう。
 昭和32年(1957年)、元南アフリカ共和国のアブラハム・ラーセンを買収した。との記録が有るので、もしかすると神戸でメンテ及び改造していたのかもしれませんね。トン数が23326トンから27035トンへ変更されていました。
 
220px-A-00473_Hvalkokeri_TERJE_VIGEN.jpg 国の捕鯨母船テリエヴィーケン号(Terje Viken)は、ドイツのブレーメンAGヴェーザー造船所によって1936年9月に完成した。この時世界最大の捕鯨母船であった。
 第二次世界大戦中、テリエヴィーケン号は大西洋で1941年3月7日、ドイツのUボートに撃沈される。


ユニタス(Unitas)の船歴
 1937年 当時世界最大と称されていた英国の捕鯨母船テリエヴィーケン号の姉妹船
     として建造された。ユニリーバ・グループのメンバーが所有し、 ハンブル
     クのユニタスドイツ捕鯨社が運営した。
     最初のシーズン1937年から1938年は、鯨1715頭を捕獲し鯨油2万トン生産
     された。 1939年から1940年シーズンは、第二次世界大戦の勃発によって
     キャンセルされた。 1945年1月、難民の輸送に使用。
 1945年 エンペラー ビクトリー と改名。
 1950年 ダーバン連合捕鯨会社に売却、アブラハム ラーセンと改名。
 1957年 日本の大洋漁業に売却、第二日新丸と改名。23326トンから27035トンへ
     改装。
 1961年 10月30日にソロモン海域で火災が発生し、キャッチャーボートで日本の
     佐世保重工業に曳航され修復。
 1965年 捕鯨母船として最後の南氷洋捕鯨から帰国。
 1967年 魚の加工工場として使用され、1987年に台湾で廃船 。

Ocean Attitude

Terje Viken

Unitas

Abraham Larsen (人物)

Nicchin Maru
posted by てっち at 18:06 | 青森 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二日新丸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする