2014年06月30日

お見送り

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おやじメモ

  なし


 これは分からないですね。
 お見送りの風景だと思います。
 おそらく紙テープの先には母船があるのでしょう。
 だとすると、この小さな桟橋はどうなるのだろう?


posted by てっち at 14:35 | 青森 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

第二日新丸 

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おやじメモ

 第二日新丸の頃 ドイツ産 応援時 神戸港

 このメンバー捕鯨の工場 機械マン 指折りの技術者である。この人達が居ればどんな船でもしゃきっとなる。
 (私もいるはずだが)




 ど真ん中がおやじだと思われます。
 第二日新丸はもちろん二代目第二日新丸の事でしょう。
 昭和32年(1957年)、元南アフリカ共和国のアブラハム・ラーセンを買収した。との記録が有るので、もしかすると神戸でメンテ及び改造していたのかもしれませんね。トン数が23326トンから27035トンへ変更されていました。
 
220px-A-00473_Hvalkokeri_TERJE_VIGEN.jpg 国の捕鯨母船テリエヴィーケン号(Terje Viken)は、ドイツのブレーメンAGヴェーザー造船所によって1936年9月に完成した。この時世界最大の捕鯨母船であった。
 第二次世界大戦中、テリエヴィーケン号は大西洋で1941年3月7日、ドイツのUボートに撃沈される。


ユニタス(Unitas)の船歴
 1937年 当時世界最大と称されていた英国の捕鯨母船テリエヴィーケン号の姉妹船
     として建造された。ユニリーバ・グループのメンバーが所有し、 ハンブル
     クのユニタスドイツ捕鯨社が運営した。
     最初のシーズン1937年から1938年は、鯨1715頭を捕獲し鯨油2万トン生産
     された。 1939年から1940年シーズンは、第二次世界大戦の勃発によって
     キャンセルされた。 1945年1月、難民の輸送に使用。
 1945年 エンペラー ビクトリー と改名。
 1950年 ダーバン連合捕鯨会社に売却、アブラハム ラーセンと改名。
 1957年 日本の大洋漁業に売却、第二日新丸と改名。23326トンから27035トンへ
     改装。
 1961年 10月30日にソロモン海域で火災が発生し、キャッチャーボートで日本の
     佐世保重工業に曳航され修復。
 1965年 捕鯨母船として最後の南氷洋捕鯨から帰国。
 1967年 魚の加工工場として使用され、1987年に台湾で廃船 。

Ocean Attitude

Terje Viken

Unitas

Abraham Larsen (人物)

Nicchin Maru
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2014年06月11日

シティーズ サービス

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おやじメモ

 なし



 メモは有りませんが、当時のタンカーらしき船舶ですね。船名が分かれば調べられるかなと思い拡大してみると
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 CITIES SERVICE MIAMI 号であることが分かりました。
 残念ながらこの船舶の記録としては発見できませんでしたが、SHIP SPOTTING.COMというサイトで同型と思われる CITIES SERVICE NORFOLK というタンカーを発見。
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 さらにmaritime-connector.comで調べてみると1956年に完成したタンカーで、総トン数:21649トン、DWT:39366トンである事が分かりました。 CITIES SERVICE NORFOLK と呼ばれていたのは1997年11月から1980年までのようです。
 写真を見比べる限り「CITIES SERVICE MIAMI 号」と姉妹船ではないかと思われます。
 
 Wikimedia Commons で下記の写真を見つけました。
Cities_Service,_531_Fleming_St,_Key_West,_FL.jpg
日付 1965年頃 (Flickr date 2009-08-11 12:31)
原典 MM00027936
   ・Uploaded by xnatedawgx
作者 Florida Keys--Public Libraries from Key West, Fla., USA


img095.jpg 船首に描かれているマークが同じですよね。
 日本との関係はよく分かりませんが、シティーズ・サービス・カンパニーは1910年9月2日に設立され、ニューヨークを拠点に石油、天然ガス産業で大成長したようです。
 もしかすると日本がシティーズ・サービス・カンパニーから石油を買っていたのかも知れませんね。買わされていた、かな。
 1951年(昭和26) 就航の日章丸(二世)が18,774重量トンですから、その5年後、少し大きくなったタンカーですね。

昔のタンカーの話


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2014年06月05日

西海橋

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おやじメモ

 佐世保 西海橋



 


 西海橋はwikipediaによると、着工が1951年(昭和26年)、竣工が1955年(昭和30年)10月。同年11月より供用を開始した。
  総事業費は5億6,000万円(当時)で、完成時には固定アーチ橋として世界で3番目の長さを誇っており、我が国の橋としてめて支間長200メートルを超えた長大橋であった。
 また、我が国の有料橋であり、供用開始時より午前10時から午後8時まで(後に午前7時から午後10時までに拡大)バスは500円、普通車が200円の通行料金が徴収され、後に徒歩による通行料として10円が設定された。その後、1965年(昭和40年)頃より、地元住民および橋の利用を増加させ、観光客を誘致したい佐世保市が橋の無料化を要求し、1970年(昭和45年)に無料化された。

 有名な橋だったのですね。
 佐世保のドックにも行っていたので、その時に撮ったのでしょう。
posted by てっち at 14:16 | 青森 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

下宿

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おやじメモ

 品川町に下宿時



 割烹着を着ている方が大家さんで、手前左が母。昭和の臭いがぷんぷんする写真ですね。
 そして数年後、私が生まれる事になる。


posted by てっち at 13:59 | 青森 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする